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レースアナウンサーMCワカ&ワカ隊長として伝えたいこと
2019.05月撮影(撮影:町野健様)
レースアナウンサーで、子育て支援基地隊長の若松泰恵です。

2000年に「スポーツレポーターになりたい」と夢見て、HPを立ち上げたところから
始まった私のキャリアも、気がつけば20年という年月が流れました。
「レースアナウンサー」とは、サーキットで車やオートバイのレース実況をしたり
モータースポーツイベントの司会を担当する者のことです。
女性は少ない現場ですが、周りの環境に恵まれ多くの経験をさせていただいております。

もともと「伝える仕事」に興味があり、ジャーナリストやライターへの憧れを持っていた私。
そんな中で、こどもの頃から心惹かれて、ハマってきたのがスポーツ観戦でした。
自ら身体を動かすのではなく「見る・応援する」ことに強い楽しみを感じて、
野球・サッカー・バスケ・バレー・ラグビーetc.観戦に足を運びました。
このままスポーツ観戦好きを仕事に出来たら最高だな~!という安易な気持ちから
飛び込んだのが「モータースポーツ」の世界。
いまだにそうなのですが、サーキットに行くとテンションがあがるし、かっこいい車、
速いマシンを見るのが大好きなんです。
コネも何もなく、情熱と興味だけで名刺を配り歩き、自らを売り込み続ける地道な営業で
いただいたご縁を少しづつ撚り合わせるようにつないで、気が付けば5年、10年・・・
35歳過ぎたあたりから、仕事も責任ある立場を任されることも増えてきました。
後輩を指導する機会が出てきたり、運営に関わる業務に就くことも多くなりました。

その一方で、今まで意識してこなかった「結婚・出産・子育て」というプライベートな時間と
どう向き合っていくのか、出産のタイムリミットも見えてきて、この先の働き方について
考えをめぐらせ始めたのもこの頃でした。
そんな折、体調不良から婦人科を受診するといきなり子宮けい癌(ステージⅡ)の
宣告を受けました。38歳でした。
出産の可能性は絶たれ、治療に向き合わなくてはならなかったのですが、子どもを産み育てない
人生になるだろうという覚悟が出来てからの「がん告知」だったので、迷いも悩みもなく治療に
入れました。
半年間の壮絶な放射線・抗がん剤治療を経て、私が得たものは・・・「多くの時間」です。
最初に治療に入った時は数メートル進むのに1時間近くかかるほど体力が落ちました。
薬がキツすぎて大変な思いもしましたが、元々体力がある方だったので、なんとか身体も
慣れて動けるようになりました。
予定していた治療計画をすべて終えて、あとは駆け抜けてきた仕事をセーブするようになりました。
医療技術の進歩のおかげで、健康な40代を迎えることが出来た私にとって、
今すごしている時間は、もしかしたら「なかったもの」だったのかもしれないのです。

病気が発覚する少し前、仲のよかった友人が【社会人生活を経てから再び学生として保育の専門学校に
通い始め、保育士・幼稚園教諭を取ったこと】も私のセカンドキャリア考察に大きく影響しました。
子どもが大好きな私ですが、保育士になりたいと思ったことはなく、大学や専門学校を卒業しないと
保育士の資格はとれないだろうと勝手に決めつけていました。
友人が「試験だけでも保育士資格がとれる」と教えてくれなければ、試験を受けようという考えには
至りませんでした。
試験の話を聞き、もしこのまま、結婚、出産、子育てしないなら保育士資格取ってみるもいいかも?と
ぼんやり思っていたところに、病気が発覚したのです。
だから、がんの告知を受けてすぐに保育士の通信学習のテキストを取り寄せました。
とはいえ、闘病が過酷すぎて実際に勉強に取りかかるまでに1年くらいかかりました。
そこから、硬くなった頭を使い必死に勉強して、何度も失敗しながらもなんとか3年かけて「保育士」
資格をとりました。
並行して民間病児保育資格、ベビーシッター、幼児安全法、はたまた防災士の資格まで取りました。
人の役に立ちそうな資格、保育に関連しそうな資格は芋づる式に勉強して取得したのです。

2019年。治療終了から5年以上が経ち、おかげさまで経過観察の時期も終わりました。
今では充分すぎるほど元気にしていますし、治療まっ最中でも前しか向いていませんでしたが、
40歳で一度立ち止まって考えた子育て支援活動や保育の分やに足を踏み入れて5年。
45歳が近づいてきて、またこの先自分はどうしたいのか、思いを巡らせています。

ベビーシッターを始めなければ感じることの出来なかった赤ちゃんやこどもたちとの触れ合い。
保護者の方々からいただく感謝のことばに充実感でいっぱいになる反面、これでいいのかと
思っているのも事実です。

フルタイムで働いているわけでもなく、レースアナウンサーやモータースポーツの仕事がない時に
ベビーシッターをしたり、ボランティア活動をしてきたのですが、最近どちらも中途半端に
なっているように感じるのです。

もともと、私の得意な仕事・好きな仕事は「伝えること」です。
子育て中のお母さん、
仕事の質や関わる時間の割に給与面でなかなか不遇な状況の保育士さん、
急激に増え始めたベビーシッターさん。
この5年でたくさんの「現場」を見てきました。
保育の現場に足を踏み入れたからこそ分かったことがたくさんあるのですが、
この先それをどう生かすのか?
現場ならでは問題点や改善点、世の中の保育現場の現状を知らない多くの方に、
もっともっと情報発信する方に舵を切っていきたい。
得意分野である「喋り」と「伝えること」を主軸に、より多くの皆さんと一緒に
未来を担う子どもたちを社会全体で支えていき、希望が持てる未来をつくっていけたらと
考えています。

ただ私はモータースポーツが好きだし、喋りが武器になると思っているので
仕事の主軸は【MC】でありたいのです。

今の段階で、私の2020年シーズンの予定はまったくもって白紙です。
来年どこで何をやっているのか?
何の仕事や活動をしているのか、決まっている仕事もないし、まったくもって不安定で
先は見えない。

これからまた少しづつ、自分の進みたい方向について考えて決めたいと思っています。

この先もどうぞ見守っていてください。
 若松 泰恵
                                        2019年11月11日拝  

活動内容report

レースアナウンサー編
  • 「アリエル」代表の若松は「レースアナウンサーMCワカ」として、モータースポーツを専門分野とした
    サーキットでのレース実況やイベント司会、運営スタッフを年間約100現場ほど関わっています。
    フリーで活動しているので、業務依頼は随時受け付けております。
    モータースポーツ以外のイベント司会も、結婚式司会から地域の式典等実績がございます。
    結婚式や各種イベント、ナレーションなどのご要望も承ります。
    予算とスケジュールをお知らせください
  • 現在および過去の業務実績
    ・幸田サーキットレースアナウンサー
    ・TEAM MITANIトライアルデモンストレーションMC
    ・鈴鹿8時間耐久ロードレース選手権 イベントMC
    ・MotoGP世界選手権 イベントMC
    ・全日本ロードレース選手権 イベントMC
    ・JAF中部ジムカーナ選手権実況アナウンサー
    ・ダンロップDIREZZA CHALLENGE実況アナウンサー
    ・ダンロップサーキットステーション運営スタッフ
    ・各種発表会・式典等 総合司会・ナレーション多数
    ・各種ショッピングモールイベント等司会多数

子育て支援基地隊長編
  • セカンドキャリアとして「子育て支援基地アリエル」の活動を2015.09.01より開始致しました。
    明るい未来を担う子どもたちと、その保護者の皆さんが笑って元気にすごせるようなお手伝いや
    保育現場で苦労する保育士のみなさんの地位向上を目指して、出来る範囲で息のながい
    「子育て支援」に取り組みます。
    子どもを持たないからこそあり余る時間を、困っている保護者とシェア=応援の気持ちをもって
    活動します。
    愛知県西尾市社会福祉協議会のボランティア団体登録をしました。
    子育て世帯を応援するイベントや、情報発信を行っています。
  • 現在および過去の業務実績
    ・西尾市ファミリーサポートセンター援助会員登録
    ・西尾市社会福祉協議会・西尾市ボランティア連絡協議会所属
     (子育て支援基地アリエルとして団体登録)
    ・日本病児保育協会・認定病児保育スペシャリスト資格取得 2016.01
    ・ベビーシッターマッチングサイト KIDSLINE登録 2016.04
    ・全国保育サービス協会・認定ベビーシッター資格取得 2016.09
    ・保育士資格取得・登録 2016.10
    ・防災士資格取得 2017.4
    ・日本赤十字社 幼児安全法支援員